ハワイアン・ブレスレットの歴史

Hoomanao Mau ブレスレット

ハワイのブレスレットは、最初に1860年代に舞台にハワイに現れて、その初めから傾向セッターとハワイの社会のアイコン象徴でした。

未来の女王であるリリオカラニは、ビクトリア女王の夫、アルバート王がなくなった後で、そのブレスレットはハワイでつくられ、クイーンズ王族のシンボルとその責任を表したものでした。

そのころ、ビクトリア朝では、アルバート王がなくなり、そして1901年1月21日のビクトリア女王がなくなるまでの間、ジュエリーのデザインに黒が用いられるようになりました。当初は哀悼の印であったジュエリーも、やがて人気が高まり、流行へと変化していったのです。
ハワイ、リリオカラニ女王がの最初のブレスレットは、ハワイ・スピリット、神、そしてファミリーの符号を用いており、進化していました。

Hoomanao Mau ブレスレット

アロハ・オエ ブレスレット

1893年9月5日に、オリジナル・オールド・イングリッシュ・レタリングとシンボルが刻まれた「アロハ・オエ」と呼ばれるブレスレットは、ゾイ・アトキンソンに感謝の印として贈られました。
女学校校長であったゾイは、宮殿で行われるミュージカルなどに対して、女王を補助していました。
しかし、ハワイ王朝(君主制)は、ゾイに贈られたブレスレットが到着した12日後に崩壊してしまいます。その後、多くの女学生はやがて親にブレスレットを欲しがるようになり、これが今現在にも続く”母から娘への贈り物”の習慣の始まりでもありました。

Aloha Oe ブレスレット

ブレスレットのデザイン、モチーフの変化

オールド・イングリッシュ・デザインは島に住むヨーロッパの宝石商より伝えたれ、ブレスレットの上で進化していきました。その後、ブレスレットの文化は成長し、島でなじみの高いマイレ・リーフ、プルメリア,ハイビスカスのモチーフが特徴となっていきました。

マイレブレスレット

レイズド(浮き彫り)文字の誕生

1980年代には、自動カッターの登場、さらに新しいスタイルとして、ガラスのエナメルを使用したスタイルが増えていきました。自動カッターの登場により、ウェッジを切り落としたり、周囲の金属を一掃することが可能になり、さらにレイズド文字(浮き彫り文字)がうまれました。レイズド文字(浮き彫り文字)の人気は、一気に上昇し、さらに新しいジュエリー愛好家たちを虜にしました。

スカロップデザイン(カットアウト)の誕生

1990年代になると、彫刻師は、デザインがブレスレットの端(エッジ)まで、広げられることができたならと考えるようになり、そこで生まれたのが「スカロップ」です。スカロップにより、デザインがより大きく表現されてるのが、感じられることでしょう。どのブレスレットにおいてもスカロップは可能で、エナメルまたはレイズド・レターを使うことも可能です。

さらに、金の仕様にも変化があり、色の異なる金を使用するようになり、さらにファッショナブルに変化していきました。ピンク、グリーン、ホワイト、それらの組み合わせによる多色デザインが市場に登場していきました。

より繊細なデザインへ

2008年、機械を切っているレーザーの出現で、文字と背景の色が違っているKalakoa レタリングが可能になりました。文字は、レーザーカッターを使ってきられ、正確に、ハンダ付けされるのです。
さらに、2009年春には、背景を切り抜いたさらに繊細なデザインのフィリグリーのPukalani・コレクションがうまれました。 そのニュールックはとてもすばらしく、ジュエリーとして最高です。

今日においても、ハワイアン・エアルーム・ジュエリーは現代においても、伝統的なもので、ハワイ社会の守り・遺産として根付いています。地元住民たちばかりでなく、数千人以上の世界中からの人々から、アロハのファミリーのシンボルとして、ハワイアンジュエリーは受け入れられています。

もし、親愛なるLiliokanani、彼女の最初ブレスレットがこんなにも現代においても喜びや影響をあたえることを知ったのなら、とても感激するに違いでしょう。

Philip Rickard
Jeweler & Historian